序章:VTuber・バーチャルタレント業界の概観とM&Aの台頭
VTuber(バーチャルYouTuber)やバーチャルタレントという存在が登場してから、ここ数年で急激に市場規模が拡大してまいりました。バーチャルキャラクターがYouTubeや配信プラットフォーム上で活動し、まるで芸能人やアイドルのような影響力を持つようになったことで、新たなエンターテイメント分野として広く認知されるようになっております。とりわけ日本国内では二次元文化やアニメ・ゲーム文化が根強く、VTuber文化はそこから派生した形で躍進を遂げてまいりました。
しかし、VTuberやバーチャルタレントという概念は単に「二次元のアイドル」が生まれたというだけではありません。高度なライブ配信技術、3Dモデルのモーションキャプチャー、AIやAR/VRなどの先端技術が複合的に活用されることで、これまでにない新しいコミュニケーションの形を生み出しています。こうした新しい技術的・文化的潮流は、一部の個人クリエイターから企業運営のタレントまで、さまざまな形で市場を拡大してきました。
そして市場規模が拡大し、多数の事務所・運営企業が乱立する中で、それらの企業間の合併や買収(M&A)が少しずつ注目を集め始めています。これまでVTuber市場は、一定の人気タレントを抱えた事務所が独立して運営しているケースが多く、小規模なスタートアップのような会社形態も少なくありませんでした。しかし、グローバルでの注目度上昇や大手企業による投資・参入などが加速し、従来のように事務所が細分化されているだけでは競争を勝ち抜くのが難しくなりつつあります。
ここからは、VTuber・バーチャルタレント業界におけるM&Aの背景や目的、具体的なメリットとリスク、過去事例などを掘り下げながら解説してまいります。M&Aは一般的な事業再編の手段として多用されますが、VTuber業界には独自の収益構造やタレントとの契約関係など、他の業種とは異なる事情が数多く存在します。そうしたVTuber業界特有の事情を踏まえつつ、今後の発展可能性や将来的に想定されるM&Aの方向性についても言及いたします。
第1章:VTuber業界におけるM&Aの背景と目的
- 1-1. VTuber人気の高まりとビジネスチャンス
- 1-2. VTuber運営企業の特徴と資本構造
- 1-3. M&Aの典型的な目的とVTuber業界固有の狙い
- 2-1. 事業拡大とシナジー効果
- 2-2. 人材・IPの獲得
- 2-3. ノウハウと技術力の移転
- 2-4. 海外市場への進出加速
- 3-1. タレント依存度の高さ
- 3-2. VTuber運営のコスト構造と収益源
- 3-3. 法律・契約・ライセンスに関するリスク
- 3-4. コミュニティの反発やブランドイメージ
- 4-1. 海外プラットフォームによる買収例
- 4-2. 国内エンタメ企業同士の統合・出資事例
- 4-3. スタートアップ的VTuber事務所の吸収合併例
- 4-4. 他業種とのコラボレーションM&A
- 5-1. ブランド・IP維持の重要性
- 5-2. タレント・スタッフとのコミュニケーション
- 5-3. M&Aプロセスにおけるデューデリジェンス
- 5-4. ポストM&A統合(PMI)の具体策
- 6-1. 大手企業のさらなる参入と再編
- 6-2. VR/AR技術の進化とメタバース領域への拡張
- 6-3. 新興スタートアップの乱立と投資機会
- 6-4. 海外巨大企業との連携・競合
1-1. VTuber人気の高まりとビジネスチャンス
VTuber・バーチャルタレントが広く注目を集めるようになった大きな要因の一つは、ライブ配信文化との親和性の高さです。生身の人間が動画配信をする場合と比べて、顔出しのリスクやタレントのプライバシー保護の観点からもメリットがあるため、配信者側にとって心理的ハードルが低くなるという特徴があります。また、視聴者から見ても、二次元のキャラクターがリアルタイムにコミュニケーションをとることに魅力を感じる層が急増いたしました。
こうした盛り上がりを背景に、多数のVTuber事務所が設立され、個人VTuberも急増しました。事務所規模はさまざまで、小規模ながら1名から10名程度のタレントを抱えるものから、国内外に多数のタレントを擁し大規模展開する企業まで幅広く存在しています。YouTubeをはじめとするプラットフォームでのスーパーチャットやメンバーシップ収益、企業案件やグッズ展開など、VTuber特有のマネタイズ手法も確立されつつあります。
しかし、これらのマネタイズはタレント人気の上昇とともに大きく収益が跳ね上がる一方、急激に伸び悩むリスクも抱えています。人気が出れば出るほどタレント一人あたりの影響力は増しますが、逆に言えば複数タレントが一定以上の人気を得られない事務所は経営が厳しくなる可能性が高まります。こうした状況で、タレント・IPをまとめて獲得できるM&Aは魅力的な選択肢となるのです。
1-2. VTuber運営企業の特徴と資本構造
VTuberの運営企業は、一般的に以下のような特徴を持っています。
- 初期投資の小ささ
従来の芸能事務所やアイドルグループに比べると、スタジオの大規模設備投資などがなくても活動を始められるケースが多いです。必要となるのはモデリングや配信用の機材、配信スタッフなどに関する初期費用ですが、VR機器などをフルに活用するとある程度のコストはかかるものの、芸能プロダクションに比べると資本コストは抑えられます。 - デジタルプラットフォームへの依存度の高さ
YouTubeやTwitch、TikTokなどのプラットフォーム上での配信やSNS展開がほぼ主要な活動領域となります。そのためプラットフォームの規約変更やアルゴリズムの変化、広告単価の上下に強く影響されやすいです。 - 人材(タレント)依存とIP(キャラクター)依存の両面性
VTuberはバーチャルモデルというキャラクターIPに加えて、中の演者(中の人)のトークスキルやエンターテイメント性が非常に重要です。この二重構造が他の業種には見られない特徴であり、同時にM&Aを検討する際にも考慮すべき点となります。 - 資本構造の多様性
ベンチャーキャピタルからの出資を受けているスタートアップ的な企業から、芸能プロダクションやゲーム会社の子会社として設立された企業、さらには完全独立型の小規模事務所など、多様な形態が存在します。
これらの特徴は、M&Aが行われる際に「企業評価」(バリュエーション)をどのように行うのかという問題にも直接関わってきます。たとえば、VTuber事務所の価値を評価する場合、タレント一人ひとりの月次収益や関連グッズの売上、海外向けライセンス収入などを精査する必要がありますが、従来の芸能プロダクションやアニメ制作会社とは異なる指標を用いるケースもあります。
1-3. M&Aの典型的な目的とVTuber業界固有の狙い
一般的なM&Aの目的としては、以下のようなものが挙げられます。
- 事業拡大・市場シェア獲得
- 新技術・人材の取り込み
- 経営資源の統合によるシナジー効果
- 競合相手の排除
- 海外展開・新規市場参入
VTuber業界においても、これらの目的が適用されることは変わりません。ただし、特にVTuber業界固有といえるのは「人気タレントやIPの獲得」と「海外のファンコミュニティへの急速なアクセス」です。いわゆるライブ配信プラットフォームでは国境を越えて視聴者が集まりますが、言語や文化の壁も大きいため、海外向けのタレントや事務所と連携することで一気に世界中のオーディエンスを取り込む可能性があります。
また、コロナ禍を経てオンラインエンターテイメントが急激に伸びた際に、短期間で台頭したVTuber事務所や個人タレントも少なくありません。そうした企業やタレントを一挙に取り込むことで、「自社の配信ノウハウ」や「企画力」、「キャラクターデザインなどの制作体制」を強化しようとする動きも存在します。
第2章:VTuber・バーチャルタレントのM&Aにおける具体的なメリット
2-1. 事業拡大とシナジー効果
M&Aによって、企業はすでに確立されているタレントやファンコミュニティ、IPを一度に獲得することができます。それによって迅速に事業規模を拡大できるだけでなく、シナジー効果が期待できます。
- シナジー効果の例
- 既存タレントとのコラボを通じて相乗効果を狙う
- 自社で保有している別のエンタメコンテンツとのクロスプロモーション
- キャラクターデザインやグッズ販売ルートなどの共有によるコスト削減
VTuber業界では「コラボ配信」や「ユニット活動」などが人気を集める傾向が強く、事務所同士が合併することで抱えるタレント数が増えると、ファン同士の相乗効果も高まります。ある人気タレントのファンが、コラボをきっかけに他のタレントも視聴し始めるという現象は決して珍しくありません。
2-2. 人材・IPの獲得
VTuber事務所の大きな資産はタレントとキャラクターIPです。買収や合併を通じて人気タレントをまとめて獲得することは、時間をかけて自前で人材を育成するよりも手っ取り早く市場シェアを拡大できる方法です。特にVTuberの世界は「個人のキャラクター」に大きく依存するため、一人のトップタレントが巨大な収益を生み出すケースもあります。
ただし、その一方でタレントの人気に依存したビジネスモデルは、タレントが契約解除して別の事務所へ移籍したり、活動休止や引退したりすると大きく売上が落ち込むリスクがあります。このリスクを回避するためにも、多数のタレントを抱えられる企業体質を作るうえでM&Aが有効とされるケースがあります。
2-3. ノウハウと技術力の移転
VTuberとして活動するには、以下のようなノウハウや技術力が欠かせません。
- 3Dモデルの制作・モーションキャプチャー技術
- 生配信・動画制作に関するノウハウ
- バーチャルイベントやライブステージの企画・運営能力
- 海外向け多言語配信への対応技術
こうしたノウハウや技術力は一朝一夕に構築できるものではありません。特に大型イベントを企画・運営できるほどのノウハウを持つ事務所は限られており、事務所ごと買収することでそのまま専門スタッフを取り込み、自社のリソースとして活用できるメリットがあります。
2-4. 海外市場への進出加速
VTuber産業が注目されているのは、日本だけではありません。英語圏や中華圏をはじめ、アジア地域全般、さらには南米やヨーロッパでもファンコミュニティが拡大しております。実際に英語圏では独自のVTuberコミュニティが形成され、日系のVTuber企業が積極的に進出している事例も増えています。
M&Aによって海外拠点を持つ事務所や海外向けタレントを抱える企業を買収することで、自社がまだ未開拓の地域へ一気に進出する足がかりを得られます。逆に、海外企業が日本のVTuber企業を買収することで、日本のファンコミュニティを取り込もうとする動きも出てきています。こうした国際的な動きは今後一層活発化すると考えられております。
第3章:VTuber業界特有の課題とM&Aのリスク
M&Aにはさまざまなメリットがありますが、VTuber業界には他の業界とは異なる特有の課題やリスクも存在します。これらを十分に理解した上でM&Aを進めることが重要です。
3-1. タレント依存度の高さ
前述のように、VTuber事務所の収益はタレント個人の人気に大きく左右されます。買収によってタレントを抱える事務所を得たとしても、タレントが離脱したり、活動を休止・引退したりすれば、投資した資本を回収できない可能性があります。また、タレントのモチベーションや待遇改善を怠れば、一気にイメージダウンに繋がりかねません。
さらにVTuberの場合、キャラクターデザインの著作権や商標権などは事務所に帰属しているケースが一般的ですが、タレントとキャラクターが切り離せない状況だと、キャラクターを残しても演者が交代すればファンの離脱を招くリスクがあります。このように、他業種とは違う「中の人とキャラクターIPの一体感」をどのようにマネジメントするかが重要なポイントとなります。
3-2. VTuber運営のコスト構造と収益源
VTuberの活動には以下のようなコストが発生します。
- キャラクターモデル制作費
- 配信機材やスタジオ機材の導入・維持費
- モーションキャプチャーやAR/VR技術のライセンス
- スタッフの人件費(マネージャー、技術スタッフ、イラストレーター等)
- 広告宣伝費
収益源としては、
- YouTubeなどでの広告収益や投げ銭(スーパーチャット)
- 企業案件(広告出演、コラボ企画、イベント出演など)
- グッズ・ボイス販売
- メンバーシップ(月額課金)
- 音楽配信・デジタルコンテンツ販売
などが挙げられます。安定的に収益を得ようとするには人気タレントを育成し続ける必要があり、またファンコミュニティを定着させるためのマーケティング費用も無視できません。M&Aを行ったとしても、こうしたコスト構造を理解しないまま拡大路線に走ると赤字に転落しやすいリスクがあります。
3-3. 法律・契約・ライセンスに関するリスク
VTuberの世界ではキャラクターデザインや声、楽曲、背景美術などの著作権・ライセンス問題が錯綜しています。特に二次創作やファンアートを積極的に許容する文化があるため、ファンとの関係を損なわずにどこまで知的財産を保護するかが難しいバランスとなります。
M&Aを行う場合、買収対象企業の知的財産や契約関係をしっかりと調査する必要があります。たとえば、タレントと個別に結んでいる契約内容に問題がないか、第三者からの知的財産侵害で訴訟リスクがないか、といった点をデューデリジェンス(DD)で確認しなければなりません。
3-4. コミュニティの反発やブランドイメージ
VTuberの場合、ファンコミュニティとの距離が非常に近いことが特徴であり、タレントや事務所の動きに対するファンの評価が即座に拡散されやすいです。M&Aをきっかけに、今までの事務所のカラーやコミュニティの空気感が変化することを懸念し、ファンが離れてしまうケースも想定されます。
特に「大手企業に買収されると、今までの自由な雰囲気や個性が失われてしまうのではないか」という声があがることは少なくありません。従来のファン層を大切にしつつ、新規ファンを獲得するためには、買収後のブランディングやコミュニケーションが極めて重要です。
第4章:過去事例から学ぶVTuber・バーチャルタレントM&A
VTuber業界はまだ歴史が浅く、大規模なM&A事例は多くありませんが、一部には参考になる事例が存在します。本章では、実際に起こったとされる(あるいは近い形態の)動きや、他の近しいエンタメ業界の買収事例を挙げながら、どのような狙いと課題があったのかを考察します。
注:本章で扱う事例は実名を出さず、あくまで推測・類推ベースの内容を含みます。また、類似するケーススタディとしての紹介であり、個別企業の実態を保証するものではありません。
4-1. 海外プラットフォームによる買収例
某海外企業(配信プラットフォームを手がける大手)が日本のVTuberプロダクションを買収し、自社プラットフォーム上での配信を優先的に行うという形の戦略が噂されたことがあります。これは、自社プラットフォームに人気VTuberを呼び込み、ユーザーを増やす狙いがあると考えられます。
実際に、ゲーム配信系プラットフォームが独占的に特定の人気ストリーマーを契約する例は海外では一般的です。VTuberも同様にストリーマーの一種と見なすことができるため、プラットフォーム側が主導となって人気VTuber事務所を買収し、配信環境とタレントをセットで提供するビジネスモデルを模索する動きが出てきても不思議ではありません。
4-2. 国内エンタメ企業同士の統合・出資事例
国内の芸能プロダクションやアニメ制作会社、ゲーム会社などがVTuber事務所に出資や提携を行う事例が増えてきました。これらの動きは、最終的に子会社化や吸収合併へと進む可能性もあります。
例えば、アニメIPを多数保有する大手メーカーがVTuber事務所と提携して、アニメ作品のキャラクターをVTuber化するプロジェクトを共同で進めたり、音楽制作やライブ運営に強みを持つ企業がVTuberの音楽活動やライブステージを共同企画したりすることで、双方の強みを掛け合わせようとする動きが見られます。
4-3. スタートアップ的VTuber事務所の吸収合併例
VTuber事務所はまだまだ設立されたばかりのスタートアップが多く、資金繰りが厳しい状況にあるケースも少なくありません。そうした小規模事務所が、大手IT企業やエンタメ企業に吸収合併されることで、技術力や資本を得てさらなる拡大を目指すというシナリオは十分に考えられます。
たとえば、数名の人気タレントを抱えつつ、数年後の成長戦略に悩んでいる企業が、大手プラットフォーム系企業に売却することで、タレントの活動規模を飛躍的に拡大するという例が想定できます。タレントにとっても、大きな後ろ盾を得ることで活動の幅が広がるメリットがあります。
4-4. 他業種とのコラボレーションM&A
VTuberは、そのキャラクター性を生かしてさまざまな企業のPRや商品コラボに活用されることが多いです。企業案件を扱う広告代理店やイベント企画会社が、独自にVTuber事務所を買収することで、「自社の広告事業にVTuberを組み込みたい」という動きが活発化しているとも言われています。
他業種がVTuber事務所を取り込む際には、単純に宣伝の道具としてだけではなく、新規ビジネス開発の一環としてVTuber事業を位置づけるケースもあります。たとえば、大手ECサイトがVTuber事務所を傘下に収めることで、ライブコマースやイベント企画など新たな販売チャネルを開拓する、といったシナリオが考えられます。
第5章:M&Aを成功に導くポイント
ここまで述べてきたように、VTuber・バーチャルタレント業界には独自の事情やリスクが存在します。M&Aを成功に導くためには、以下のポイントを押さえて慎重に進めることが重要です。
5-1. ブランド・IP維持の重要性
VTuberの場合、事務所のブランドイメージやタレントのキャラクターIPを損なうとファン離れが一気に進みかねません。M&A後の統合プロセス(PMI)の中でブランドを統合するのか、買収対象企業のブランドを残すのか、といった判断を誤ると、ファンコミュニティに混乱をもたらします。
たとえば、大手企業が買収して統合ブランドにまとめてしまうと、ファンが「事務所の独自性がなくなってしまった」と感じる可能性があります。一方で、買収側がまったく口を出さず旧運営体制に任せきりにすると、シナジー効果を生かせないかもしれません。このバランスを慎重に検討し、「なぜM&Aをするのか」「どうやって相乗効果を狙うのか」という目的意識を明確にする必要があります。
5-2. タレント・スタッフとのコミュニケーション
VTuber事務所にとって最大の資産はタレントとそれを支えるスタッフです。M&Aによって経営体制や運営方針が変わるとき、タレントやスタッフへの丁寧な説明と合意形成が欠かせません。買収後にタレントやスタッフが大量離脱してしまうと、せっかくのM&Aが失敗に終わる可能性が高まります。
- タレントへの説明会や個別面談を実施する
- 活動方針の変化や報酬体系の変化などを事前にクリアに説明する
- スタッフとの対話の場を設け、技術的・クリエイティブな不安を解消する
これらのステップを踏みながら、できるだけスムーズに買収後の体制へ移行できるように調整することが大切です。
5-3. M&Aプロセスにおけるデューデリジェンス
VTuber事務所を買収する際には、通常のM&Aと同様にデューデリジェンス(DD)を行いますが、VTuber業界特有のリスクを把握するためにも、以下の点に留意する必要があります。
- タレントとの契約内容
- タレントは専属契約なのか、業務委託なのか
- 契約期間や更新条件、違約金などの定めはあるか
- キャラクターIPやデザインの帰属先はどこか
- コンテンツ・IPの権利関係
- キャラクターや楽曲、映像の著作権はどうなっているか
- 二次創作やファンアートガイドラインの明文化はあるか
- 過去に著作権侵害や訴訟リスクの事例はないか
- 配信プラットフォームや広告主との契約関係
- 特定のプラットフォームと独占契約があるか
- スポンサー契約や広告案件の継続期間や条項
- ファンコミュニティの状況
- SNSやコミュニティプラットフォームでの炎上履歴やブランドイメージ
- ファン数やリテンション率、投げ銭などの主要KPIの推移
VTuber事業を正確に評価するには、定量的なデータ(売上や配信時間、視聴者数、投げ銭額など)とともに、定性的な要素(タレントやファンコミュニティの質、スタッフの技術力など)を総合的に見なければなりません。
5-4. ポストM&A統合(PMI)の具体策
M&Aが成立して終わりではなく、その後の統合プロセス(PMI)をどう実行するかが成功を左右します。VTuberの場合、とくに以下の点がポイントになります。
- 運営ルールや企画方針の明確化
- 事務所のマネジメント方針やタレントの自由度をどこまで認めるのか
- 新企画やコラボをどのように提案・検討するか
- タレントとの継続的な対話
- 大手企業傘下に入ったことで、以前よりも制約が厳しくなると感じさせない配慮
- 活動の継続意欲を高めるためのインセンティブや新プロジェクト提案
- ファン対応と広報戦略
- M&A後に発表するプレスリリースやSNS告知の内容
- ファンからの質問や懸念にどう対応するか
- 新体制の魅力をどのようにPRしていくか
- 技術共有と連携強化
- 買収側企業が持つ技術や制作リソースをどう活用するか
- 開発部門やクリエイター同士の交流を促し、企画の幅を広げる
PMIの成功が、結果的にファンからの信頼を勝ち取り、タレントやスタッフの士気を高め、事業を安定して成長させる鍵となります。VTuber事務所はまだ組織が若く変化への耐性が低い場合が多いため、スピード感を持ちつつも丁寧に進めることが重要です。
第6章:今後の展望と戦略
6-1. 大手企業のさらなる参入と再編
VTuber業界が注目され続けるかぎり、大手企業による参入は今後も活発化すると考えられます。エンタメ領域でのプレゼンス拡大や若年層へのアプローチ手段として、VTuberは非常に有力なコンテンツです。放送局や広告代理店、ゲーム会社などが自社ブランドのバーチャルタレントを育成し、事業拡大するために既存のVTuber事務所を買収するという流れが一層増えることが予想されます。
さらに、国内だけでなく海外のメディア企業やプラットフォーム企業が日本のVTuber事務所を買収することで、グローバル展開を図るケースもあるでしょう。国際的な再編の波が業界を大きく変貌させる可能性があります。
6-2. VR/AR技術の進化とメタバース領域への拡張
VTuber活動は現在、主にYouTubeやTwitchなどの画面越しの配信が中心ですが、今後VRやAR技術がさらに進化していくと、メタバース空間でのライブやファン交流イベントが主流になる可能性があります。バーチャル空間のライブステージでは、既存の物理的制約がないため、エンタメ体験がさらに多様化すると期待されています。
こうした動きは、VTuber事務所が新たにメタバースプラットフォームを開発・運営する企業と連携し、あるいは買収される形で事業統合を進めるシナリオにつながります。メタバース内で人気VTuberが活躍すれば、グッズ販売やデジタルコンテンツの流通など、収益モデルが大きく広がるでしょう。
6-3. 新興スタートアップの乱立と投資機会
まだまだVTuber業界には新しいスタートアップが続々と登場し、独創的なアプローチを打ち出しています。AI技術を活用して自動生成されるキャラクターや、リアルタイムで多言語同時通訳を実現する配信システムなど、新たな技術を武器にVTuber事業を展開する企業が出てきています。
こうした企業は、将来的に大手企業からの出資や買収対象となる可能性が高いです。投資家にとっては、VTuber事務所や関連技術を持つスタートアップへの投資は、成長市場に乗るチャンスとなるでしょう。逆に言えば、スタートアップ企業としては、エグジット(上場やM&A)を念頭に置いた戦略で動いているケースも増えています。
6-4. 海外巨大企業との連携・競合
米国や中国をはじめとする海外巨大企業がVTuber事業を手がけ始めており、さらなる市場拡大が見込まれます。特に中国はライブ配信文化が非常に盛んであり、VTuber人気も高まっています。中国系プラットフォームや企業が日本のVTuber事務所を買収し、中国国内向けの展開を加速させる動きが増えることも想定されます。
一方、英語圏でもVTuber文化が定着しつつあり、日本企業だけでなく欧米系企業がアニメ・ゲーム市場をターゲットにVTuberを活用するケースが出てきています。こうした世界的な競合・連携が進む中で、M&Aは「どこが有力タレントや有力技術を獲得するか」を決定づける大きな要因となるでしょう。
終章:VTuber・バーチャルタレントの未来を見据えて
VTuber・バーチャルタレントの登場は、単なる新しいエンターテイメントコンテンツの誕生にとどまりませんでした。配信技術やキャラクターデザイン、コミュニティ文化などが融合し、新たな市場を切り拓きつつあります。そこでは既存の芸能界やアニメ業界とも異なるユニークなカルチャーと経済圏が生まれており、今後も成長が続くと考えられます。
こうした成長市場において、M&Aは企業規模を一気に拡大させたり、新技術や海外展開のノウハウを取り込んだりする手段として大きな注目を集めています。実際に今後は、より多くのVTuber事務所や配信プラットフォーム、関連技術を扱うスタートアップ同士でM&Aが進んでいくことでしょう。その一方で、タレントやファンコミュニティの声を無視した拙速なM&Aは、ブランドイメージの毀損やタレントの離脱、ファン離れを招きかねないリスクも抱えています。
M&Aを成功させる鍵は、**「VTuberというコンテンツ特有の価値を正しく理解し、タレントとファンコミュニティを尊重しつつシナジーを最大化すること」**に尽きるといえます。デジタルネイティブ世代に支持されるVTuberだからこそ、オンラインでの影響力は計り知れず、グローバル展開もしやすい利点がありますが、その一方でコミュニティ炎上などのリスク管理は容易ではありません。買収を行う企業には、従来のビジネス常識を超えた柔軟性と配慮が求められます。
未来を見据えれば、メタバースやAI技術との連携により、バーチャルタレントがますます高いリアリティと多様性を持つようになるでしょう。そして、そこで生まれる新しいエンターテイメントやビジネススキームには、既存の枠組みを超えたイノベーションが起こる可能性が十分にあります。こうした動きの中で、M&Aはあくまでも一つの手段であり、最終的には「どのような体験価値をユーザーに提供できるか」が重要となります。